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私の人生を消費して。骨の髄まで美味しくしゃぶりつくして。 ツイッター@世界ID:@huantokyomu

人間が関係していく

ハチ(米津玄師)さんの曲がめちゃめちゃ好きだ。大学に入学してからというものジャズ以外の音楽をほとんど聞いてこなかったのだけれど、最近、中高生の時に聞いていたJ-POPとかボーカロイドとかアニソンとかを聞きなおすとめちゃめちゃよかったりする。昔は歌詞とメロディラインにしか興味がなかったけど、今聴いてみると一つ一つの楽器の工夫とかが見えてきたりする。これはジャズをやってみたお陰だと思う。それだけじゃなくて、歌詞とかも思春期の時にあれほど陶酔しておきながら、青臭いといってここ3、4年は切り捨てていたのだけど、改めて聞いてみるとすごいいいことを言っていたりしてびっくりした。こういうことがあると生き続けるとか経験を積むということも悪いもんじゃないなと思える。

 私は絵を描くのが好きで、歌を歌うのが、特に最近はジャズを歌うのが好きで、人と話したりするのも結構好きで、そういう好きなことをしつつ、世界のシステムに巻き込まれながら生きていて、そういうのが時々苦しい。こんだけ好きなことをやっていてやらせてもらっていて、わがままだろっていう自覚はあるけど、それでも時々苦しくてたまらなくなる。

 幸せに生きるための試行錯誤はしてきたつもりだ。特に人と関わるということについては人一倍努力してきたと思っている。元々すごく苦手で、ここまで普通にしゃべれるようになったのは(それでもまだ「普通」になんて及んでいないかもしれないけど)普通の人の何倍も努力していると思う。多分。それともああして普通にしている人たちは私よりも苦しんであの人格を手にしているのだろうか。そうだとしたらごめんね。でもとても信じられない。

 何が言いたいのかというと、その努力をしていない故に話すのが苦手なのに周りの人がちやほやしてくれてるからそれでどうにかなっている人が好きじゃない。同じ努力をしている人には敬意を払いたいと思うし、それにたいするの思いやりを持って接したいと思う。けど、その努力をしていない人が当たり前のように私に気を使ったり思いやりを持つことを要請するのはムカつく。流石にだからといって実際何も気を使わないみたいな大人げないことはしないけど、でもこの人はその努力をしてない人だという評価を下すことはためらわないでおくことにしている。

 もちろん、私がそう断罪されることも厭いはしないよ。他人に厳しい評価を(私は厳しいとは思っていない、過不足のない評価だと思っているけど)下す以上は私も厳しい評価をされるんだろうことは想像に固くない。みんな私の見えないところで私に対する評価を下しているんだよね。

 はあ、他人について偉そうに色々いうことなんてやめたらいいし、いいとこだけ見といて誉めそやしておけばいいのにね。それはそれで辛くなるてんだから、もうどうしたらいいかわかんないよ。私はただみんなに幸せであってほしいし、私も幸せになりたい。みんなとうまくやりたいなあ。でもそれをするにはみんな、もちろんわたしも含めてだけど、自分勝手すぎるし、受け入れる努力をしなさすぎだよね。受け入れる努力をしない人の分も受け入れる努力をして疲れるのはもうやめたんだ。いいよね。結局わたしも私が一番幸せになりたいだけの屑。