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私の人生を消費して。骨の髄まで美味しくしゃぶりつくして。 ツイッター@世界ID:@huantokyomu

ギターの音がノスタルジックに

中村明日美子先生原作、「同級生」見てきた。作画はまあ明日美子先生の絵ではないんだけど、明日美子先生リスペクト!作品リスペクト!というのが伝わってくる絵だったし、押尾コータローのギターが最高だった。神谷浩史の光も野島さんの佐条も中の人を感じさせない熱演でとてもよかった。

映画が始まる前のCMやらを見ながら、唐突に「感動するってすごい。好きって気持ちってすごい。」ということを考えた。私にはまだ出会っていない本やら映画やら絵やら音楽やら無数にある。

心が動かされるっていうのはどういうことなんだろう。感覚としては知っている。でも、作品を見たときに起こる感動って、中々説明するのが難しい。共感という言葉がまあ一番近いところではあるんだろうけど、それでは語り切れていないところが多いのではないかと思う。

例えば今日、「風が吹いている」という本を読んだ。陸上少年の本で中々面白かった。陸上に打ち込んでいることや、努力をしているということについて私は共感することができる。私にも陸上ではないけれど何かに努力をした経験がある。自分の得た痛みを主人公に重ねるのだ。もう一度その痛みを、美化の進んだ記憶から都合のよい形で引っ張り出して、作品として美しい形に集約されたそのヒロイズムに酔う。これをまあ共感という風に呼ぶのだろうな。でも、これがイコール感動と言えない気がする。私が言葉にできていない部分というのはなんなんだろう。

この本の中のどっかで、走っていてノッて来た時にエクスタシーを感じる、この景色を見るために走るんだ!みたいな表現があって、これだ!と思った。

これは今までも何回か言っているんだけど、私は絵を描いていて、エクスタシー!みたいな瞬間がたまにある。現実が!今現実が画面に!私の手の中にある!光があるって、影があるって、形があるって、世界って、なんて美しいんだ!……という瞬間。この瞬間、私はほとんど肉体的快感を得ている。だから絵を描くのをやめられない。私は絵を描くこととか絵を見ることが好きなわけだけど、それはつまり絵を描くことで得られる肉体的快感を欲しているというわけなんじゃないかと思う。これが、好きっていう感情なんじゃあないだろうか。

それから、絵に対する感動とか、音楽に対する感動って、勉強で得られる快感に近いと思う。物事がつながっていく快感。伏線と結果がつながっていく快感。自分の見た景色と絵が重なる快感。知っているフレーズが自分の知っているのとは違う形で使われているのを発見する快感。感動っていうのも結局のところ快感に由来しているんじゃない?

心が動くということは、結局のところ体がなにがしかの反応をしているってことだよね。なんかよくわからないアドレナリンとかセロトニンとかそういう物質が分泌されましたよってことでしょ?考えるのちょっとめんどくさくなってきたな。

ものとか人とかが好きっていうのも、なんだかんだそういうことのような気がしてきた。恋愛感情なんてその最たるものだよね。

まあつまりは何が言いたいのかって、神谷浩史は最高だし、中村明日美子も最高ってこと。じゃあおやすみ。